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9月1日
最近、長い日記を書くのがいいのか、短い日記を書くのがいいのか、わからなくなってきた。
書きたいことを全て書こうとすると長くなってしまうのだが、長い文章は読みにくい。
短い文章にまとめると読みやすくなりそうなのだが、素っ気ない気がする。
つまり、読みやすい長い文章か密度の濃い短文を書かなければいけないのだが、
そんなもん、書けるのならもうすでに書いてる。というかそういう文章が書けないから
悩んでいるわけです。
しかも、いくら僕がそういったことに頭を抱えてても、そんなことはお構いなしに
日記に書けるようないろんな出来事が僕の周りでは起こっていくわけです。
具体的に言うと、業界の人に声をかけられたり、
若い女の子から逆ナンされたりしてました。
…それは数日前のことでした。
人通りもそれほど多くない地元の駅前を歩いているときに、
外人の方が僕に声をかけてきたのです。
「チョットお時間ヨロシイですカ?」
正直、全然よろしくなかった僕は無視することに決めました。
いちいちこんな変なヤツの相手をしていられない。そういう考えが僕の頭の片隅に
あったのだと思います。でも、その外人はあきらめませんでした。
「3つダケ質問してもいいデスか?」
正直、全然よろしくなかった僕はその外人を睨もうと思って、視線を彼の方に向けました。
すると、僕の目に彼の胸についている名札(らしきモノ)が飛び込んできました。
そこにはなんと、「牧師 トニー・マッカートニー(←適当)」と書いてあるではありませんか。
僕は驚いて、彼の顔をまじまじと眺めました。そういえば、彼はどことなくセインカミュに
似ているような気がしてきます。そこで僕は彼に返事をすることにしました。
「歩きながらでいいんなら、いいですよ(実はまだ一度も立ち止まっていない)」
返事こそしたものの、僕は正直、彼のことをなめていました。
どうせ「あなたは神を信じますか?」しか言えないんだろ?と思っていました。
そんな質問は僕には全く通じませんよ、と。
僕は小学生の頃、わりと運動は得意でした。でも、そんな僕にも苦手なものがあったのです。
そう。縄跳びです。苦手と言っても、普通に縄跳びを跳ぶぐらいはできるのですが、
難しい飛び方になると全く歯が立たない。あやとびなんて、必死で練習したのに
跳べない。しかも、縄跳びの季節は冬ですから、失敗するたびに縄跳びが僕の耳や太股を
打つわけです。
ピシッ!ピシッ!
そんな縄の痛みを快感に感じるわけもなく、僕はあやとびやエックス跳びを
華麗に披露する友人達を横目に、幼いながら人生について考えました。
運動神経がいい奴らは普通に跳べる。運動神経が悪い奴らはハナから跳ぶ気がない。
つまり一番苦労するのは、運動神経がないのに跳ぼうとする僕のようなヤツなのです。
どうして、努力しているものが恵まれないのか。僕は神様を憎みました。
縄跳びを憎みました。縄跳びが当たると痛い季節、冬のことも憎みました。
僕が小学校低学年だった頃、半袖半ズボンで一年間の大半を過ごしたのは、
きっと、冬に対する一種の反抗だったのだと思います(違う)
結局、痛い思いをしたにもかかわらず、あやとびが跳べるようにならなかった僕は
神様の存在を信じなくなったのです。
そういうわけで、「あなたは神を信じますか?」とか言ってきたら「無理です」と
答える気満々だったのですが、彼は意外にも「英語ニ興味とかアリマセンか?」と
ずいぶん遠回しな質問をしてきます。とりあえず、「ないです」と言っておいたのですが、
まだ3つの質問にはあと2つ残っています。
すると彼は不敵な笑みを浮かべ、「コレ、ドーゾ」と僕に英語教室のチラシを渡して、去っていきました。
え?あと二つの質問は?
僕の魂のツッコミもむなしく、彼は別の人のところに行ってしまいました。
そういえば、そのさらに数日前に、おばあさんに道を聞かれたこともありました。
「○○病院へはどう行ったらいいんでしょうか?」
おばあさんの困った顔を見て僕も困りました。
なぜなら、この展開は明らかにあれだからです。あれというのは、あれです。
このおばあさんにはきっと、病弱な孫娘がいて、その子が、手術を受けないと
ほぼ助からないと言われているにも関わらず、手術を怖がっているので、
励ましに行く途中なのです。その手術というのもきっと厄介なヤツで、成功率がそれほど高くない上に、
その娘さんの父親も同じ心臓の病気にかかっていて、同じ手術をして、失敗してるとか
そういう感じに違いありません。
ついでに言うと、その娘さんは父親が元気だった頃に一度だけ連れて行ってもらったことのある
大砲山かなんかに連れて行ってくれる心優しいナイスガイ(僕のこと)を待ってるに違いありません!
これはおいしい!ぜひともこのおばあさんを病院に送ってあげたい!でも、それには問題があるのです。
僕はその病院を知らないし、ついでに言うと、大砲山も知りません(ていうかありません)。
これでは半分の月も昇りません。なんてこった。
…なんて全く思いませんでしたよ。いや、マジでマジで。とりあえず、そのおばあさんが駅の場所を聞いてきたので、
駅までの道を教えておきました。
え?何の話かって?いやだなぁ。業界の人に声をかけられたり、
若い女の子から逆ナンされたりしてた話じゃないですか。
まぁ、正確に言うと、教会の人に声をかけられたり、
若くない女の子から逆ナンされたりしてたわけですが。
9月5日
フェラチオとか書いたら検索でひっかかりやすくなるかなぁ…そんなことを
考えてました。
それはそれとして、僕は歩き煙草が嫌いです。特に、煙草を手に持ってぶらぶらさせながら歩く
ヤツが嫌い。その火のついた煙草が僕の服に当たりそうになってるもんだから、
憎さは通常の百倍です。
もちろん僕の服に当たっても一大事なんですが、もし、
その煙草が当たったが子供の顔とかだったら、
それは本当にシャレにならないですよね。女の子だったらなおさら。
そういうことを言うと、口の悪い喫煙者は「うろちょろしてるガキが悪い」
とか言い出しそうな気がしますが、僕ら吸わない人からしたら、常識なく騒ぎまくる子供も
辺りのことを気にせず煙草を吸いまくる人も一緒です。
注意しても言うことを聞かなさそうなところも一緒。
これは別に、以前、僕のお気に入りの服に明らかに煙草のせいでできたような焼けこげた穴が
できていて、悔しい思いをしたことは関係ありません。
これで終わってしまっては、単にグチを言っただけになってしまうので、
もう少し書きますが、この一週間で、3回ほどレジの人から陰湿なイジメを受けました。
レジに2つ商品を持っていったんですが、レジの人が「一点で1000円になります」とか
平然というもんだから、「あ、わかりました。一点で1000円ですね。はいはい。
…って二点だよ!」と突っ込むべきかどうか割と真剣に迷ったのですが、レジの人が若い
お姉さんだったので、そんなことを言えるわけもなく、紳士的に「コレもお願いします」と
言っておきました。
さらに、次の日、別の店で、また商品を2つレジに持っていったんですが、全く同じ
対応をされました。しかも今度はレジのヤツが男(割とカッコイイ)。
これだからイケメンはダメなんだよ。ケッ。
さらに同じ日、今度は本屋のレジで420円を請求されたので、僕は520円を渡したのですが、
店員さん(女の子)は僕に笑顔でこう言ってきました。
「ありがとうございました〜」
えええぇっ!?
なに勝手に終わらしてんの?お釣りは?お・つ・り・!もしかしてこれはあれか?
私のスマイルが100円ですとか言うやつか?認めんっ!認めんぞぉぉ!
しかし、ここで僕は困りました。この店員さん、もしかしたら本気でお釣りのことを忘れているのかもしれない。
ていうか、アホすぎて520−420=0という計算式が成り立ってるのかもしれない。
そんな可哀想な店員さんに、「お釣り下さい」なんて言っても通じるんだろうか?
逆に、「店長〜!なんか目つきのおかしい、いかにもサイトとかやってそうなお客さんが
いちゃもんつけてくるんです〜助けて下さい〜」とか言われてしまった日にゃ、僕は泣きますよ。
というようなことを、およそ1秒ほど考えたところで、店員さんと目が合いました。
僕は何も考えずに「あの、お釣りは」と言おうと口を開いたところでした。
店員さんが「あ、すいません。お釣り忘れてました」と気付いたではありませんか!
何これ?テレパシー?いつの間に僕にそんな超能力が?
これはもしかしたら、僕が地球を救うことになったりするかもしれないぞ!
僕はそんなことは全く思いもしなかったので、帰って寝ました。
あ〜明日も朝7時起きだぁ。
9月8日
先日、フェラチオとか書いたら検索でかかりやすくなるかなぁ。とか
書いていましたが、間違いでした。
なぜならウチのサイトをサーチエンジンから訪れてくれる人のおよそ半数が、
「花京院典明の独白」に引っかかってくれた人だったからです。
つまり、
エロ<ジョジョ
ということです。「オレの下はスタンド!だ」とか言ってる場合じゃありません。
黄金の精神は全てを超越するのです。
話は変わりますが、2〜3日前のことでしょうか。朝から雨が降りそうな空模様だったにも関わらず、
僕は傘を持たずに家を出てしまいました。
行きは傘がなくても大丈夫だったのですが、帰るころには雨がパラパラと降り出しており、
駅から自宅まで帰るのに、傘を忘れたことが非常に痛手となっていたのですが、
わざわざ家に電話して傘を持ってきてもらうのもどうかと思いましたし、
かといって雨の中走って帰るのもイヤでした。
この時、ベストとしては彼女に電話して傘を持ってきてもらうというのがあったのですが、
残念ながら僕の彼女はこの世界には存在していないので、
平行世界から彼女を呼び出さなければなりません。それはさすがに無理です。
となれば、選択肢は電話するか帰るかしかないのですが、
なぜか家族に電話するのが嫌いな僕は、このまま走って帰ることにしました。
なんか家族に電話したら負けなような気がしたんです。
でも、よく考えれば、電話したら負けなような気がするってことは、裏を返せば
電話しなければ負けじゃないって事なので、いっそのこと、のろしか何かで
傘を持ってきてくれと伝えればいいんじゃないかな。なんて思ったわけですが、
残念ながらこの日、のろしを上げる準備は持ってきていなかったのです。
いや、待てよ。まだモールス信号があるじゃないか!そう思いついた僕は、
早速家族に向けてモールス信号を送ることにしました。
(モールス!モールス!)
僕は何度も何度も頭の中でモールスと叫びました。
(モールス!モールス!)
このモールスの叫びが僕の脳内である種の信号へと変換され、
家にいる家族に僕の叫びを届けてくれるんじゃないかと、ただそれだけを
信じていたわけではないのですが、僕はモールス信号を送ったのです。
というわけで、最近妙な思念波(モールス!モールス!と叫ぶだけの思念波)を受け取った
という方がいらっしゃる場合、その方と僕の波長は
運命の赤い糸で固結びされたかのように
ぴったりと合うような気がそこはかとなくするので、
もし、そんな方がいらっしゃるというのなら、
その方にはすぐに病院に行くことをお勧めします。
9月12日
先日、JRに非常に不快な思いをさせられました。正直これは
みなさんにも全く無関係とは言えない、生命に関わる重大な問題だと思います。
その日は、夜も遅く、ちょうど車内には僕しかいなかったのです。
疲れていた僕はぼーっとしていました。すると、ある駅で、電車が
止まりました。電車の通過待ちかなんかだったと思います。
夜の静寂の中、僕は電車の外に広がる、吸い込まれるような闇を他愛もなく眺めながら、
車内の頼りない蛍光灯に映し出される自分の顔を、窓ガラス越しに眺めたりしながら、
夜の空気を味わっていました。
この車両の中では、僕は独りぼっちだな…。
そう思ったかどうかは知りませんが、実は車内にいたのは僕1人だけではなかったのです。
ふと目の前の座席を見ると、一番端の座席の、座る部分ともたれる部分の継ぎ目(あの
学生とかがよくゴミを入れる座席の隙間)から虫が「ズズズズズ…」と出てくるではありませんか!
今こうして書くと、全然大したことなさそうに思えるかもしれないけど、その虫が意外と大きくてですね、
5センチ以上は確実にありましたよ。流石に10センチはなかったと思うけど。
しかもその虫がなんかムカデに手の生えたような訳のわからない姿形をしてるもんだから僕はもう
恐ろしくて恐ろしくてしようがなかった。
何よりも恐ろしかったのは、その虫自体ではなくて、「その虫がいたこと」でした。
つまり、その虫は僕の座っている座席の後ろにもいるかもしれないってことです。
ていうか絶対いる。ゴキブリとかもいるに決まってる。
世の中には、「どうして男性は腰を不自然なほど浅く座るのか」といったことに疑問を抱き、
微妙に嫌がる女性もいるかと思うのですが、これで謎は解けた。
椅子の奥から虫が出てきたとき、少しでも虫から離れたいという
姿勢が、あの不自然に浅い座り方を生み出したに違いない。
とか思っていると、電車が動き出しました。さすがに電車が動き出したら、
虫たちも座席の奥深くに帰っていくだろうと思ったのですが、そう世の中は
甘くありませんでした。もう一匹虫が出てきたのです。それもゴキブリ風味のヤツが。
さすがの僕も戦慄しました。顔色が青くなっていたかもしれません。まさに戦慄のブルー。
そんな下らない洒落はどうでもいいのですが、実際アレは恐かった。もう、虫じゃなくて蟲って感じ?
ギンコさんを呼ばなくちゃ。
そんな下らない話は本気でどうでもいいんですが、そこからさらに恐ろしい出来事が起こりました、
電車が次の駅に着き、人が乗ってきたのですが、人が乗ってくる瞬間、
虫がもそもそっと座席の奥深くに潜っていきました。そしてちょうどその席に、
電車に乗ってきたおっさんが座ってしまいました。
いつ僕の座席から虫が出てくるかと考えると気が気ではなくて、
その日は本当に電車の中で一睡も出来ませんでした。小さい男と言われるかもしれませんが、
本当に恐かった。
9月15日
セセラというリップクリームのCMを見て、
「このリップクリーム…30分ごとにつけないと運勢が保てなくなりそうだな」
なんて思った人は世の中に一体どれぐらいいるのでしょうか。え?誰もいない?
それならそれで、今はナンバーワンよりオンリーワンの時代だからよしとしましょう。
ナンバーワンよりオンリーワン。あれは詭弁ですけどね。
というわけで、エステ「シンデレラ」があったら本気で「愛を捕らえる体」に
して欲しいと思っている今日この頃です。最近の運のなさは本当に尋常じゃない。
今日も、「Yo!Yo!」とか言い出しそうな格好の方とすれ違ったんですが、
その時に「死ね」と言われてしまいました。何もしてないのに。
正確には、「死ね」という話し声が聞こえてきただけなんですけどね。
それも多分、「死ね」という単語ではなくて、会話の途中で偶然
そう聞こえただけだと思います。
「何か最近漫画読んだ〜?チェキダッ!」
「あ〜藍より青し?Yo!Yo!」
「藍より青しねぇ…古っ!say ho-o!」
「逆によくね?so clap your hands!」
みたいな会話の中で、たまたま僕は「藍より青しねぇ」の「しね」の部分を聞いてしまった
んだと思います。うん。そう信じたい。まかり間違っても、何となく僕の顔がむかついたから
「死ね」って言ってみたとかはイヤだ。ていうかイヤだ。
ところが、人生ってヤツは悪いことのあとには良いことが待っています。
帰りの電車の中で、いつものように座れず、つり革を持って立っていたところ、
僕の立っているところからちょうど、座席に座っている女性の胸の谷間が見えるではありませんか。
(どうする?オレ?)
さらに運の良いことに、その女性は眠っています。これは千載一遇のチャンス!
むしろこのまま結婚でも申し込もうかとも思いましたが、それは何とか自制して、
冷静に考えを巡らせます。
(寝てるからって、胸の谷間を凝視しても良いってことはないだろう)
(見たいんなら見るべきだ!我慢は精神衛生上よろしくないぞ)
(知らない人から凝視されるなんて嫌に決まってるじゃないか!やめるんだ)
(でも見たいんだろ?見ちゃえよ!今見とかないと一生後悔するぞ?)
(考え直せ!今見たとしても結局は自分の情けなさに後悔することになるぞ?
どうせ見ても見なくても後悔することになるんだから…見とく?)
(そうだ!見ーろ!見ーろ!)
(見ーろ!見ーろ!)
こうして、僕の脳内で天使と悪魔が変に意気投合してる中、僕は己の理性をフル稼働して
自らの欲望を抑えていました。具体的にいうと凝視じゃなくてチラ見。コレが僕の限界さ。
ですが、そうこうしてるうちに事態の変化が訪れました。僕のトランセルが「固くなる」
を使ってしまったのです。馬鹿。僕のトランセルのバカ。
しかし、こうなってしまった以上、一刻も早く冷静にならなければなりません。
落ち着け…落ち着くんだ。マジで。
僕の懸命な努力にもかかわらずいっこうに落ち着く気配がなかったので、
何か別のことを考えて気分を紛らわしていました。
(2・3・5・7・2・3・5・7・2・3・5……)
脳内で必死に素数を数え続けていたおかげかどうかは
わかりませんが、なんとか僕は落ち着きを取り戻し、その場は事なきを得ることができました。
9月19日 前編
ローカルな音楽番組、JCDでなぜか今週、SEAMOの「また会いましょう」が突然19位に
返り咲いてきました。一体何があったんでしょう。新曲の「ルパン ザ ファイヤー」
の方は25位ぐらいなのに。
もう少しだけ音楽の話をさせて頂きますが、僕の耳に先週からずっと
鳴り響いている音楽があります。ELLEGARDENの「salamander」です。
エンドレスで脳内に流れているということは、相当に聞きこんだからだろうと
思われる方もいらっしゃるかと思いますが、違います。今までにサビの部分を
2回聞いただけなんです。合計で20秒にも満たない。
実は以前にもELLEGARDENは、僕を同じような症状におとしいれたことがありまして、
その時の曲名は「missing」あれもすごかった。音楽が体から離れない。
こんなことを書いていると、僕がまるでELLEGARDENが嫌いで嫌いでしょうがないのに
それが耳から離れなくて苦しんでるようにとられてしまうかもしれません。
なので誤解の無いように言っておきますが、僕は彼らの曲、好きです。
じゃあ、なんで困るのかというと、その曲が耳から離れなくて何も手につかない!とかいう
大したことじゃなくて、ただ単に、彼らのCDが欲しくなってしまうというだけです。
なんじゃそりゃ。と思われた方もいらっしゃるでしょうが、僕にとっては一大事なのです。
なぜ一大事かというと、それは僕がシングルのCDを買わない主義だからなのです。
だってシングルってなんか損した感じになりません?多くても数曲しか入ってないのに、
1000円という高価格。まさか1000円をどうでもいいと言う人はこの地球上には
存在しないとは思いますが、もし、万が一にも
「1000円なんてはした金じゃん」
「重くなるから財布の中には万札しか入れない」
「学生の頃から友だちには友達料として毎月1万円をあげている」
といったような方がいらっしゃったら、メール下さい。今すぐにでも友達になりましょう。
(君がお金を持っているかぎり)僕たちの友情は永遠です。どこまでもついていきますぜ、兄貴!
話を元に戻しますと、1000円がいかに高額かというのは
次の事柄からもわかってもらえると思います。それはつい先日のことでした。
僕はいつもと同じような昼に飽き、刺激的で革新的なお昼を外で食べるために、
普段はいかないちょっと遠くにある定食屋に行ったのです。
そこのメニューをちらっと見てみますと、全体的にそんなに高くなくしかもおいしそうです。
600円あればお腹一杯になれそうな感じ。そこで、Jさん(仮)は僕にこう言いました。
「見ろよこの値段!オレ達をバカにしてるのかってぐらい激安だぞ!ナメられてたまっか!
一番高いの食おうぜ!」
「マ・・・マジですかJさん!?一番高いのって・・・あっ!まさかマグロ丼!?(650円)
すっごい大好き!」
「いや・・・見ろ!こっちにもっと高いのがあるぞ!!」
ゴーヤチャンプルー定食(690円)
「・・・・・・言っちゃった・・・・・・」
「・・・・・・!?」
「一番高いの食おうって言っちゃった・・・!」
「いや!全然いいんですよJさん!!ていうかむしろボク安いマグロ丼の方が・・・!!」
「ゴーヤチャンプル定食2つ!!!」
「「あいよー」」
ああああああああああぁぁぁー!
というのはウソで、僕は普通にマグロ丼を食いました。
一方Jさんはもともと実在していないって言うか、僕の脳内にしか存在していない人なので、
何も頼みませんでした。えぇ、そうです。僕は今日1人で昼を済ませたのです。
さらについでに言うと、その店で一番高いのはサーロイン定食でした。
そうです。僕は今日の日記を書くために嘘をついてしまったのです。
こんな、ウソにまみれた僕を子供の頃の僕が見たら何と言うでしょう?
こんな大人になるはずじゃなかった。もしかしたらそう言うのかもしれません。
ですが、今大事なのは1000円がいかに高額かという話です。
何を隠そう、この時僕は所持金が700円しかなくて、ネタとしてゴーヤチャンプル定食を
食べたくても食べれなかったのです。1000円あれば食べれたのに。
いや、1000円があっても普通にマグロ丼を食べたであろう事はこの際置いといて下さい。
というわけで、1000円でシングルを買うよりも3000円でアルバムを買った方が
お得感があるので、僕はとてもシングルを買う気にならないという旨のことを書くはずだったのに
気付いたらジャガーのパロになってて、自分でもビックリしました。
確か今日の日記は、せっかくSABRINA HEAVENの
以介さんに「なんですかそのテキストwww」という暖かいお言葉を頂いたことだし、
知的で聡明な感じに仕上げて、度肝を抜いてやろうと思ったんですが、
無理でしたね。ちなみに今までの文章が前フリでこれから本題に入るのですが、
さすがに長くなりすぎた感が漂ってきたので、
今回の日記は前編と後編に分けさせて頂くことにしました。
いや、長い日記を書くのがめんどくさいからじゃなくて、みなさんが読みやすくするためにデスよ。
ホント、ホントですって。近所でも、
僕は嘘をつかないことで有名な好青年なんですから(目をそらしながら)
9月19日 後編
今、僕の心にひとかけらの殺意が芽生えてます。
なんで日記をわざわざ前後編にするんだよ!という昨日の僕に対しての殺意です。
でも、だからといって今日の僕が一時の感情で、昨日の僕の首を絞めたりしたら、
昨日の僕が一昨日の僕を殺せなくなり、大変なことになる。とか思った今日この頃ですが、
それ以前に僕の机の引き出しは4次元につながっていないというか、
むしろどっちかというと2次元につながっていたのだということをうっかり
失念していました。てへ。
というわけで、アルバムに3000円も出すのは馬鹿らしいと思うのです。
なにせ、3000円って時給1000円の仕事で言うと、3時間ですよ?3時間!
3時間もの間、したくもないデスクワークを我慢して滞りなく済ませて、初めて
手に入れられるのが、たったのアルバム一枚。演奏時間50分とかそんなの。
シングルに至ってはもっと悲惨です。1時間クソ暑い中を歩き回って営業して、
ようやく手に入れられるのがたった一曲、5分足らずなんですから。え?カップリング曲?
そんな聴いたこともない曲に気前よく金なんか払えるか!
しかも、輸入盤のアルバムとかってあるじゃないですか?洋楽で。
あれがまた不思議なことに、安いんですよ。日本のアルバムより格段に。
おかしいと思いません?そんな品質的に大差があるとも思えないのに値段の差があるなんて。
しかも、普通に考えたら輸入盤の方が高くなるのが常識じゃないですか。
明らかに余計に人件費がかかってるし、もしCDを本当に輸入しているとすれば、
輸送料や関税なんかもかかってきますし、輸入せずに日本で作ってるとなれば、
値段がガクッと安くなるのはおかしい。
というわけで、なんか余計なところに余分にお金を取られている気がしてならない
のですが、みなさんはどう思ってるんでしょうか?もしかして僕がケチなだけですか?
とはいえ、そんなケチな僕にも、3000円のアルバムが安いと思える時があります。
「このCDに出会えて良かった」「このCDになら1万円出しても惜しくない」と
思える時もあるのです。死んでも1万円は出しませんが。
・・・前後編にした意味が本気でなかったと思っているのは多分僕だけでは無いと思うのですが、
正直な話、時間的に無理でした。謹んでお詫び申し上げます。
9月22日
最近いつも、
「お前はイチゴ何パーセントだよ!」みたいな妄想日記ばっかり
書いているような気がしてきました。
同じような日記ばかりでも、書く側としては飽きないのですが、
読む側としては飽きるんじゃないのか、などと思えてきましたので、
今日はちょっと方向性を変えていこうと思います。
・英作文
次の日本語を英語にしなさい。
「ジムは背が高い」
Jim is tall.
「ジムはみんなから馬鹿にされている」
Jim is ridiculed
「ジムは連邦のモビルスーツだ」
Jim is・・・って萌え単?
・あったら嫌シリーズ
スタンドに関する文献が置いてある本屋
僕のお父さんはお父さんじゃない
近頃、町内にやたらとスタンド使いが増えた
うちのお父さんにはすごく爪の伸びる年がある
・JOKER
みんなから「ジョーカー」と呼ばれ、恐れられている和田くん。
和田くんとババぬきをすると、恐いぐらいババが和田くんに集まるのだ!
・世界で一つだけの花
「おい、和田、今回のテストで70きったの、学年でお前だけだぞ」
「マジっすか」
9月26日
よく顔を見かける女の子で、すごい美人の子がいます。
キレイ系でかつ、かわいい系の美人。
どのくらい美人かというと、街を歩いていたら10人中9人の男性が
「キレイな人だなぁ」と思うんじゃないかと思います。
僕だって、もしもその子を街で見かけたら、
きっと女優さんか何かだと勘違いしてました。
そのぐらい美人。空前絶後の美人。雰囲気はまるでAV女優。
そんな美人が身近にいたりしたら、男としては当然、
「その子が今つきあっている男性はいるのか?」とか
「その子と自分の共通の友人はいないのか?」とか
いろいろと気になることはあると思うんです。
それが男として当然の反応だと思います。
魅力的な女性に魅力を感じる。実に自然な事じゃないですか。
ですが、実に不思議なことに、僕はその子と「仲良くなりたい!」
とか「知り合いになりたい!」と思わないのです。
「なぜなら僕は女の子には興味がないから!」
というホモのカミングアウトではありません。
「なぜなら僕は3次元の女の子には興味がないから!」
という方向性の主張でもありません。
さらに言うと、
「なぜなら僕は18歳以上の女の子には興味がないからです!」
という暴露でもありません。
僕が、その超美人に惹きつけられない理由、それは
「その子が面倒を引き起こしそうな気がするから」です。
なぜかはわからないのですが、そうなのです。
僕はこれまでに、周りの人間関係をずたぼろにしていくような女性とは出会ったことがありませんでした。皆無です。
にも関わらず、僕はその子のことをそう判断してしまったのです。
僕にも理由がわかりません。
本能としか言いようがありません。
でも、おかげで、僕はその女性と関わる機会が全くない今の状況を心から喜ぶことができるのです。
「あ〜、あの美人の子と知り合いじゃなくてよかった」
ですが、いつまでたっても、その子の周囲の人間関係が破綻したというような話が伝わってこないのです。
「あれ?僕の本能は間違っていたのか?」
最近はそう思い始めていました。そう。今日までは。
それは今日のお昼の時間の出来事でした。
僕が昼を終えてトイレへ行った時に、その子を見かけたのです。
相変わらず、その子からは
「関わり合いになるとろくなことにならないぞ」的なオーラが
まるでフェロモンのようにむわんむわん出ていたので、
「逆に知り合いじゃなくてよかった。ホントよかった」
とかなんとか思ったわけですが、そのときふと気付きました。
これってもしかして「負け惜しみ」じゃないか?
僕はその子を一目見たその時から、
なんか嫌な雰囲気を感じ取っていたので、
てっきり本能が警鐘を鳴らしているのだとばかり思っていましたが、
真実は違うのかもしれません。
一目見た時から、その子のあまりのキレイさに、
「こんな美人と僕が仲良くなるはずがない」と諦めモードに入り、
「いや、ちょっと待てよ・・・。そういえばなんかあの子、
トラブルメーカーっぽい顔してないか?
してない?いやいや、あの顔は絶対トラブルメーカーっぽい顔だって。
だから、僕が彼女と仲良くなれないのは逆にいいことだよ。
よくやった!ナイス判断!僕」
と自分で自分の心を偽り、合理化し、納得してきたのかもしれません。
100%そうだと断定することはできませんが、
この考えを全く持っていなかったと言い切ることも不可能です。
ただ・・・一つだけ言えることは、
この文章を書いていたら無性にむなしくなってきて、
僕は今ひそかに泣きそうだということだけでしょう。
9月29日
「最近の若者はなってない」とか言いだすヤツに限って、平気で電車の中で携帯を使ったり、
飲んだ帰りの電車でべろんべろんになってる気がするのです。人のふり見て我がふり直せ。
こんなことを書くと、「人のふり見て我がふり直せ」とか人に説教するヤツに限って、
平気で遅刻とか無断欠席とかするよな、とか言われそうなのですが、主に真実なので言い返せないのが
つらいところです。寝坊とかよくするのです。よって先月ぐらいから僕は
「マジで人のふり見て我がふり直せ」キャンペーンを(1人で)展開することに決めました。
略して「マり見て」キャンペーン。
具体的にどういうことをするのかというと、活動内容はいたってシンプル。
日常生活の中で、これは迷惑だという行為を目撃した場合、その行為を絶対にしないようにする。
ただそれだけです。ところが、いざそのキャンペーンを始めてみると、意外にマナーが悪い人というか
常識のない人というのがいない。普段なら、頼まれてもないのに、
ミスドの店員をおちょくるヤツとかがどこからともなく現れるます。
店員が無視を決め込んでいるとそいつらがだんだんとキレ始めて、
頼んでもいないのに騒ぎ始めます。「はぁ?」「フッザケンナって」「はぁぁ?」「無視かよ」
割と長時間騒いでたにも関わらず、彼らのボキャブラリーが非常に少なかったので
だいたい上の4語を繰り返していれば、彼らの言っていたことと同じような内容になります。
まぁ・・・4語っていうか3語だけど。
たいていの場合、騒ぎが大きくなり始めたところで警備員だか警察だかがやって来て、
若者を説得にかかります。「はぁ?」「フザケンナよ!」「は?」「あっちが悪いし」
長時間の説得にも関わらず、なかなか彼らの怒りは収まりませんでした。
にも関わらず、彼らの語彙が少なかったのか怒りのあまり日本語を思い出せなかったのかどうかは
知りませんが、上の4語を適当にイントネーションを変えて叫んどけばだいたい彼らの言っていたことと
同じ感じになるはずです。まぁ・・・4語っていうか3語だけど。
普段ならこういう若者を見て、「僕はこんな事はしないでおこう」と心に決めればキャンペーンは
成功なんですが、なぜかキャンペーンを始めた途端にそういう香ばしい奴らに出会わなくなった。
それどころか、車内で携帯を使う奴にすら会わない始末。いつから日本人のモラルはこんなにも
よくなってしまったんだ。
企画倒れ。その言葉が脳裏をよぎりました。
僕の、意志という名の木の枝が失敗という名の高枝切りばさみで切り落とされてしまいそうです。
このままではこのキャンペーンの目的、即ち、変なヤツを見つけて観察して
レポートしてみなさまの笑いを
誘いつつ、それとは対照的に僕の品のある振る舞いやにじみ出てくる育ちのよさなんかを
さりげなくアピールしていくことが失敗に終わってしまいます。
それだけは避けなければいけません。
というわけで、帰りの車内で騒いでるヤツや酔っぱらってる奴を捜したのですが、
いなかった。ていうか探せなかった。車内が満員ではないけどそれなりに混んでいたので、
基本的に車両の移動とか出来なかったから当然なんですが。そうこうしていると僕の目の前に
座っていた人が立ち上がりました。どうやらこのおっさんはこの駅で降りるようです。
ラッキー。僕は早速座席に座ろうとしたのですが、よく見ると、いや、よく見なくてもそうなんですが、
僕の横でつり革を持って立っているのがそれなりに年をとったおばあちゃんでした。
おばあちゃんと僕。そして二人の目の前の空いた座席。時刻表を使った密室殺人。
氷を使ってくりひろげられる愛憎劇。妻と愛人の間で繰り広げられる完璧なアリバイ。
というようなことをコンマ2秒ほど悩みましたが、
僕は笑顔でおばあちゃんに「どうぞ」と席を譲りました。
なぜなら人として当然の行為だからです。思いやりが大切なのです。
誰も「これでようやくこのことが日記に書けるよ〜。おばあちゃん、グッジョブ!」
だなんて思っていません。本当です。信じて下さい。
もちろん席を譲られたおばあさんは、嫌味にならない程度の軽い会釈をして
席に座ろうとした瞬間、さっきまで横にはいなかったはずのおばさんが横から
デカイ尻を強引に隙間にねじ込み、座ろうとしたおばあさんと譲った僕が
非常に気まずい思いをするというようなこともなく、普通に座りました。
人生にオチなんていりません。僕は真摯に人生と向き合うことを決めたのです。
その数日後、電車でつり革を使って懸垂しているおじいさんを
見かけました。大声で喋り散らす学生の集団に囲まれもしました。
ここ最近の数週間は何だったんだろうと思いました。