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1月1 A
以前、ウォーターボーイズを見たことがない僕が、勝手に内容を想像して
日記を書いちゃったことがありましたが、
あれからすぐにウオーターボーイズを見ました。面白かったです。
というわけで、何がというわけでなのかはわかりませんが、
今回はウオーターボーイズ2を見たことのない僕が、勝手にウオーターボーイズ2の内容を
想像して書いてやろうと思います。まだウオーターオーイズ2を見たことのない人は僕の今回の日記を
参考にして友達に「あ、ウオーターボーイズ2ね!知ってる知ってる!」とか言うといいと思いますよ。
その後、どうなっても知りませんけどね。あはははは。
それでは、どうぞ。
ウオーターボーイズ2
〜〜激録!!!日本男子水泳界の偉人達(1980〜1985)〜〜
水泳マスター・・・1980年に「俺、左右に肺があるから」の名言で
一躍有名になった選手。また、この選手は翌年の大会で、
いきつぎ無しでプールの底を100メートル走りきり、運営委員会に
泳ぎとは何かという哲学的な問題を投げかけたことでも有名だが、
結局、どちらにしろタイム的に予選落ちだからという
世俗的な理由で予選落ちとされ、抗議の意味も込めて
自宅の風呂に4分32秒潜りっぱなしだったことでも有名である。
水泳界のフラットスリー・・・全ての大会に顔を出し、その試合の全てで
最後尾を三人そろって泳いでいたことからこの名がついた。
ちなみにこの三人は常にズボンの下に海パンを履いていた
と言われているが、その真偽は未だに不明のままである。
孤高のスイマー・・・誰よりも速く泳ぐことだけを考え、それ以外のことに
全く興味を示さなかった。しかし、その考えからか
誰からも理解されることなく、84年に海でゴーグル無しで
泳いでいたところ、目を開けることができず沖に出てしまい
そのまま死亡。海岸にいたライフセイバーもあまりの泳ぐ速さに
全く追いつけなかったと話している。ついでに言うと、この男の
出場した83年の大会はもはや伝説と化している。公式な記録は
なぜか残っていないが、その大会を見た人の話によると、
試合が始まってすぐ、選手がゆっくり歩いて入場している最中に
突然全力疾走でプールに飛び込み、100メートルを泳ぎきり、
雄たけびを上げてさっそうと帰っていったその男こそが
後に孤高のスイマーと呼ばれる彼であったといわれている。
競泳界のネドベド・・・彼は選手としてより、
むしろその奇行ぶりが有名であるが、プールに
タオルと石鹸、シャンプーを持ち込むことを除けば実は普通の
好青年であった。85年の大会では他の選手があいつがいると
プールが汚くなると言って全員棄権したため念願の初優勝を
勝ち取っているが、翌年、競泳協会からプールでの入浴行為が
禁止されたため、その年で現役引退を表明した。
ロケット・・・その圧倒的なスタートの良さから、ロケットと呼ばれ、
当時の水泳界には珍しく普通の人間だった。
目立った奇行も無く、日本水泳界の夜明けとなりうる人物
と目されていたが、84年の大晦日、
彼はだいぶ前に書き終えていた年賀状を
いまだにポストに入れていなかったことに気づき、
壮絶なショック死でこの世を去る。
検死を行った医師も
「まるでこの世の終わりを見たような死に顔だった」と
述べている。
そしてこの年から男子水泳界は氷河期へと突入することとなる。
多分こんな奴らがシンクロする映画だと思います(絶対違う)